アラビア(ARABIA)ヴィンテージ食器ガイド|歴史・人気シリーズ・選び方
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50年前につくられた器が、いまの食卓に置いてもまったく古びない。アラビアの器を手に取ると、たいていの人がまずそこに驚きます。
このページでは、フィンランドの陶磁器メーカー・アラビアのヴィンテージ食器について、成り立ちから人気シリーズ、選ぶときに見ておきたいことまでをまとめました。書いているのは、スウェーデンに30年以上暮らし、蚤の市で一点ずつ器を選んで買い付けている店主です。
アラビアとは|1873年、スウェーデンから始まった
意外に思われるかもしれませんが、アラビアはスウェーデンの会社としてはじまりました。
1873年、スウェーデンの名窯ロールストランドが、フィンランドに子会社をつくる許可を得ます。狙いはロシア市場でした。当時フィンランドから輸出するほうが関税が安く、ロシアまでの距離も近かったのです。翌1874年、ヘルシンキ北のはずれにある「アラビア」と呼ばれた土地に工場が建ち、ロールストランドの職人の手を借りて生産が始まりました。
その後フィンランドが独立へ向かうなかで、1916年にロールストランドは持ち株を手放します。そして1929年、アラビアは自分を生んだ親会社ロールストランドを買収しました。
当店ではアラビアとロールストランドの両方を扱っています。しかもスウェーデンで買い付けています。棚に並ぶふたつの名前は、150年前からずっと絡み合ってきた関係なのだと思うと、器の見え方が少し変わってきます。

工場のなかにあった「アートデパートメント」
アラビアの器がどこか作家的に見えるのには、はっきりした理由があります。
1932年、クルト・エクホルムがアートディレクターに就任し、翌1933年にアートデパートメント(taideosasto)という部門が正式に整えられました。工場のなかにありながら量産のラインとは切り離され、作家が自由に手を動かせる場所です。
ここで仕事をしたのが、ビルゲル・カイピアイネン、ルート・ブリュック、トイニ・ムオナ、キュッリッキ・サルメンハーラといった作り手たちでした。エクホルムは1947年の講演で、自分が来た当時のアートデパートメントは「木造の古い事務所にあった、門番の低い小屋」で仕事をしていた、と振り返っています。
会議室で決められたデザインではなく、誰かが描いたもの。1950年代から70年代の器に個性があるのは、この仕組みがあったからです。
アラビアのヴィンテージが今も愛される3つの理由
手仕事の跡が残っていること
ヴィンテージのアラビアは、絵付けや仕上げに人の手が入っています。同じシリーズの同じ形でも、色の出方や線の太さが一枚ずつ違う。買い付けの現場で何枚も並べて見比べると、その差は思っている以上にはっきりしています。
工業製品でありながら、完全には揃わない。そこがいちばんの魅力だと思っています。
毎日使う器としての強さ
アラビアの器は、飾るためではなく使うために作られました。厚みがあり、手に持ったときの重心が低く、洗いやすい。50年使われてきてなお現役でいられるのは、もともとそういう設計だからです。
飾っておくのはもったいない、というのが正直なところです。
和食器と、よく合う
これはお客様からいちばん多くいただくご感想でもあります。
北欧の器は日本の食卓から浮くのでは、と心配される方は少なくありません。実際に合わせてみると、そうはなりません。たとえばルスカの褐色は、粉引や飴釉の器とよく馴染みます。パラティッシのように柄の強い一枚は、無地の和食器の中にひとつだけ置くと、食卓全体が引き締まります。
そろえる必要はありません。いまある器に一枚足す、くらいがちょうどいい使い方です。
人気シリーズを知る

パラティッシ(Paratiisi)|1969年、ビルゲル・カイピアイネンによる代表作。フィンランド語で「楽園」。すみれや果実が画面いっぱいに広がります。モントリオール万博のために作られたレリーフから生まれた、いわば万博の作品を皿の上に移したシリーズです。
→ アラビア パラティッシについて詳しく
ルスカ(Ruska)|ウッラ・プロコペのデザイン。1960年に発表され、1961年から1999年まで作られ続けました。「ルスカ」はフィンランド語で紅葉のこと。マットな釉薬に鉄の粉を吹き付けているため、淡い茶から濃い褐色まで一点ずつ表情が違います。
→ アラビア ルスカについて詳しく
ムーミン|本格的な生産が始まったのは1990年です。それ以前、1950年代にはトーベ・ヤンソン自身や母シグネの手による少数の作品がありました。現在コレクターが探しているのは、主に1990年代以降の廃盤マグです。
→ アラビアのムーミン ヴィンテージについて詳しく
ボタニカ(Botanica)|エステリ・トムラによる壁掛けプレート。植物の下にラテン名が手書きで添えられています。
→ エステリ・トムラとボタニカについて詳しく
陶板(アトリエ)|ヘルヤ・リウッコ-スンストロームが56年にわたって作り続けた、壁にかける物語のような器。
→ ヘルヤ・リウッコ-スンストロームの陶板について詳しく
このほか、アネモネ、コスモス、クロッカス、ポモナ、パストラーリなど、当店でもよくお迎えするシリーズがあります。
→ アラビアの人気シリーズ一覧
小さな器から始めたい方には、アラビアのエッグスタンドもおすすめです。
アラビアを支えたデザイナーたち
ビルゲル・カイピアイネン(1915〜1988)|ポリ生まれ。22歳でアラビアに入り、およそ50年をこの窯で過ごしました。装飾こそが主役だという姿勢を、戦後のミニマリズムのただなかで貫いた人です。1977年に教授の称号を受け、亡くなる年まで工場で手を動かし続けました。
ウッラ・プロコペ(1921〜1968)|形と絵付けの両方を手がけ、リエキ、バレンシア、アネモネ、ルスカ、メリを残しました。1957年ミラノ・トリエンナーレ名誉賞。47歳という若さで、工場の粉塵による珪肺症のため亡くなっています。彼女のいなくなったあとも、ルスカは31年間つくられ続けました。
エステリ・トムラ|1947年から1984年までアラビアに在籍。植物を描き続けた人で、ボタニカをはじめとする壁掛けプレートのほか、スパイスポットなど日常の器も多く残しています。
ヴィンテージ食器を選ぶときに見ておきたいこと
貫入(かんにゅう)|釉薬の表面に入る細かいひび模様です。割れではなく、古い器にはごく普通に見られるもの。使ううちに色が濃くなることがありますが、それも経年の一部と考えていただければと思います。
小さな欠けやスレ|何十年も使われてきた器ですので、まったくの無傷はむしろ稀です。当店では欠けやスレは隠さず、商品ページに記載し、可能な限り写真にも写しています。
色の個体差|同じシリーズでも一点ずつ違います。ルスカのように、それ自体が魅力になっているシリーズもあります。
一点ものであること|当店の器はすべて店主が一点ずつ買い付けたものです。売り切れたら、同じものに二度出会えるとはかぎりません。
長く使うために
金彩・銀彩のあるものは電子レンジに入れられません。貫入の入った器も避けたほうが無難です。飾り皿や壁掛けプレートは手洗いで。
詳しくはヴィンテージ食器のお手入れガイドにまとめました。
食卓での組み合わせ方については北欧ヴィンテージ食器のある食卓もどうぞ。
わすれなぐさのアラビア
当店の器は、店主がスウェーデンの蚤の市をまわって一点ずつ選んだものです。アラビアはフィンランドの窯ですが、スウェーデンの市にもよく流れてきます。同じ北欧でも国が違えば出てくるものが違い、その日その場所でしか出会えない器がある。買い付けは毎回そういう時間です。
すべての器は、店主が実際に手に取り、洗い、状態を確かめ、撮影したものです。
現在のお取り扱いはアラビアの商品一覧から。これまでにお迎えいただいた器は過去の商品からご覧いただけます。売り切れた器も見られるようにしているのは、「あのとき見た器」を探しにいらっしゃる方が多いからです。