アラビア ルスカ(Ruska)|フィンランドの秋を映す、褐色の器
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茶色い器、と言われても、あまりそそられないかもしれません。
けれど実物を日の光の下に置くと、印象が変わります。淡い蜜色から、こげ茶に近い深い色まで。一枚のなかでも色が動いていて、平らな茶色ではありません。
アラビアのルスカは、そういう器です。
「ルスカ」=紅葉
ルスカ(Ruska)はフィンランド語で紅葉のこと。北の森が赤や褐色に染まる、秋の短い期間を指す言葉です。
北欧の秋はあっという間に終わります。その一瞬を器に写し取ったのが、このシリーズの名前の由来です。
日本でルスカがよく売れる理由は、そこにあると思っています。紅葉という感覚を、説明せずに共有できる。褐色の器が和の食卓に馴染むのも、偶然ではありません。粉引や飴釉の器と並べると、境目がわからないくらい自然に混ざります。

なぜ一枚ずつ色が違うのか
ルスカの表情がばらつくのには、はっきりした理由があります。
マットな釉薬の上から、鉄の粉を吹き付けて焼いているのです。吹き付けである以上、乗り方は均一になりません。淡い茶になる場所もあれば、深く沈む場所もある。それが一枚ごとの景色になります。
工程が生む個体差であって、失敗ではありません。むしろこのシリーズは、揃わないことを前提に作られています。
ウッラ・プロコペ(1921〜1968)
ルスカをデザインしたのは、ウッラ・プロコペです。
1948年に中央工芸学校を卒業し、アラビアの絵付け部門に入りました。2年後にはモデル・装飾部門へ移ります。彼女は形と絵柄の両方を手がけた人で、リエキ(1957〜1978)、バレンシア(1960〜2002)、アネモネ、ルスカ、メリといったシリーズを残しました。1957年のミラノ・トリエンナーレで名誉賞を受けています。
そして1968年12月21日、47歳で亡くなりました。死因は珪肺症。工場で何十年も吸い込んだ粉塵による職業病です。
彼女が去ったあとも、ルスカは31年間つくられ続けました。
約40年、つくられ続けたシリーズ
ルスカは1960年に発表され、1961年から1999年まで生産されました。アラビアのなかでも屈指の長寿シリーズです。
長く作られたということは、買い手にとってふたつの意味があります。ひとつは、いまでも見つかるということ。もうひとつは、40年ぶんの幅があるということです。

ルスカの形いろいろ
プレート、ティーカップ&ソーサー、コーヒーポット、ボウル、蓋物、エッグカップ。ルスカには驚くほど多くの形があります。
なかでも使いやすいのは取り皿サイズのプレートです。和洋を選ばず、毎日使えます。ティーカップ&ソーサーは、コーヒーにも番茶にも合います。
小さなものから試したい方には、アラビアのエッグスタンドにもルスカがあります。ほかのシリーズとの比較はアラビアの人気シリーズ12選にまとめました。
わすれなぐさのルスカ
複数枚まとめて出てくることもあれば、一枚だけのこともあります。並べて色の幅を見比べられるときは、商品ページでもできるだけそれが伝わる写真を載せるようにしています。
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アラビアのデザイナーについてはアラビアを築いたデザイナーたちで、ブランド全体についてはアラビア ヴィンテージ食器ガイドにまとめています。