アラビアのムーミン ヴィンテージ食器|廃盤マグの魅力と選び方

いま探されているムーミンのマグは、たいてい「もう新品では買えないもの」です。

アラビアのムーミン食器には毎年のように新作が出て、そのぶん静かに姿を消していくものがあります。廃盤になったマグを探している方に向けて、この器がどういう歴史をたどってきたのかをまとめました。

その前に、1950年代の話

本題に入る前に、一枚だけ紹介させてください。

当店には、シグネ・ハンマルステン-ヤンソンの手によるムーミンのフィギュリンがあります。シグネは、トーベ・ヤンソンの母親です。

1950年代、アラビアのムーミン製品はまだ商品と呼べる規模ではありませんでした。トーベ自身がムーミンの器を作り、母シグネが陶製のフィギュアを作っていた、その時代のものです。いま流通しているムーミン食器の、ずっと手前にある一点です。

こうしたものに出会えるのは、蚤の市をまわっているとごくたまに、という頻度です。

シグネ・ハンマルステン-ヤンソンによるムーミンのフィギュリン
シグネ・ハンマルステン-ヤンソンによるムーミンのフィギュリン

1990年、ムーミンの器が本格的に始まった

ムーミン食器の歴史は1950年代からと紹介されることがありますが、それは正確ではありません。数点の作品があった、というのが実際のところです。

1980年代のはじめには、リチャード・リンドが子ども用セットの原型をデザインしています。

そして大量生産が始まったのは1990年。最初のムーミンマグは「The Green Comic Strip(緑のコミックストリップ)」で、1990年から1993年まで作られました。

つまり、いまコレクターが探している「ヴィンテージのムーミン」とは、1990年代以降の廃盤品のことです。50年代の骨董ではありません。ここを取り違えると、探す場所も、見るべきものも変わってしまいます。

トーベ・スロッテの仕事

1990年以降のムーミン食器を描いてきたのが、トーベ・スロッテ(1957年生まれ)です。

彼女は1985年にアラビアの社内デザイナーとして入社し、1993年からフリーランスに。100点を超えるムーミンマグを手がけ、30年ほど続けたのち引退しました。彼女が描いたムーミンは、もう増えません。

スロッテの仕事は、単なる転写ではありませんでした。トーベ・ヤンソンの原画はコマ枠のなかに収まった絵です。それをマグやプレートの丸い面に巻きつけるには、描かれていない部分を補い、寸法を合わせ直す必要がありました。原作の空気を壊さずにそれをやるのが、彼女の仕事でした。

1990年の夏、スロッテは完成した最初のムーミン食器をトーベ・ヤンソンとトゥーリッキ・ピエティラのもとへ持っていきます。ヤンソンは一枚のプレートの色をすこし変えてほしいと言い、あとはすべて了承したそうです。

アラビア ヴィンテージ ムーミンママ
アラビア ヴィンテージ ムーミンママ

ヴィンテージのムーミン食器とは

「廃盤」「生産終了」という言葉が意味するのは、単純に「もう作られていない」ということです。

季節ごと、年ごとに出る限定のマグは、その期間が終われば市場から消えます。だから発売から何年も経ったものほど見つけにくくなる。これがムーミンマグがコレクターズアイテムになった仕組みです。

古いものには、いまの製品にはない手仕事のばらつきも見られます。転写の位置がわずかに違う、色の濃さが違う。欠点というより、その頃の作り方の跡です。

当店では、欠けやスレ、貫入といった状態は隠さず商品ページに記載しています。

アラビア ムーミンパパ トンカチを持った姿
アラビア ムーミンパパ トンカチを持った姿

人気のキャラクター

リトルミイ、ムーミンママ、ムーミンパパ、スナフキン。

当店の買い付けの実感で言えば、ムーミンパパとムーミンママは比較的よく見かけます。リトルミイは人気が高いぶん、状態の良いものは早くに人の手に渡ります。

これは日本の相場の話ではなく、スウェーデンの蚤の市で何が出てくるか、という話です。

使うときの注意

古いマグには貫入(細かいひび模様)が入っていることがあります。割れではありませんが、電子レンジは避けてください。金彩のあるものも同様です。

食洗機よりは手洗いのほうが安心です。詳しくはヴィンテージ食器のお手入れガイドに。

わすれなぐさのムーミン

売り切れた器も過去の商品からご覧いただけるようにしています。ムーミンを探されている方は、以前どんなものが出たかを見ておくと、次に出会ったときの判断が早くなります。

現在のお取り扱いはアラビアの商品一覧から。ブランド全体についてはアラビア ヴィンテージ食器ガイドにまとめています。

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